乳癌の母を看取るまでの話③

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2週間前にいきなり入院したと思ったら、
退院したその日に亡くなりました。
64歳になったばかりでした。

野菜たっぷりスープ、飲んで欲しかったな。
ディズニーに皆で行きたかったな。
息子にもばーばを覚えててほしかったから、
3歳になるまでは生きて欲しかったな。

でも、苦しそうだったから楽になれて良かったかな。

亡くなってからは、
余韻に浸る間もなく、葬儀、相続手続き。
その処理もままならないまま、慶弔休暇が終わる。
頭がおかしくなるくらい忙しい日々だったのに、
職場から正社員にならないか?と聞かれて「ぜひ」と即決。
元々正社員を目指してはいましたが...寂しさを埋めたかったのでしょうか...
記憶がほぼありません。

実はこの時、2人目の妊娠が分かりましたがすぐ流産
そして母が亡くなる少し前には、夫の友人が事故死
更にその少し前に、夫のお母さんも病気で急逝していました。

1年の間に4つの身近な命を失い、
この時期、お家がどんよりしてた気がします。
だからこそ、夫婦一致団結できた気もします。

実父のことは昔からあんまり好きじゃなかったのですが
このことがきっかけで前より仲良くなれました。
普段あんまり感情を表に出さないのに、
「俺が先に死ねば良かったのにね」
って言ってたのがすごく悲しく感じたのかも。

母の葬儀は、
ディズニーの予約をしていた日でした。
もちろん母が退院する少し前にキャンセルしてましたが。
もー
お母さんだけ夢の国に行っちゃってさ。

ちなみに次男を授かったのがわかったのは、
ディズニーに家族旅行へ行った直後でした。
不思議なことですが、
長男を授かった時も、直前にディズニーに行ってました。
ディズニーに運命を握られてる?!


そんな今は、育休を利用して遺品整理に着手してます。
これまでなかなか時間が取れなかったので...

値札が付いたままの洋服を何枚も見つけた時、心がぎゅっとなりました。
これはいつ、体がどんな状態の時で、どんな気持ちで買った服なんかな?とか。
あとは、アルバムを整理してた痕跡を見つけた時。
「終活しようと思って」と、姉、兄、私それぞれのために小さな写真入れを買ってありましたが、一冊だけ少し写真が入れてあって、あとは未開封のままでした。

母が大事にしてたぬいぐるみと目が合ったときは、
辛い時泣きながら抱きしめてたのかな?

一緒に住んでたからとても鮮明に思い出してしまう。
亡くなった直後は、キッチンに立っただけでも涙が溢れました。

母は、ドラマの相棒シリーズが大好きで、
影響を受けた私も、学生の頃から必ず一緒にリアタイしてました。
本当は相棒より、大好きな母と一緒にくつろげるのが好きだったんで、相棒はついでなんですけど笑
オロナミンCを1本ずつ開けて、見ながら飲むんです。
あの時間は宝物。

亀山さんが戻ってくるのを見られなくて残念だっただろうな〜

今は、夫とTELASAで見返すのが夫婦の楽しみになってます。
そこに長男も混ざって、
「兄くんも相棒みたい!」
すっかり影響されてるけど、4歳はどこまで理解できてるんだろ?
オロナミンCも、夫と飲み続けてます。
でも高いからね〜
たまーにで。


最後ぐだくだと余計なことも書きましたが、
ここまで見てくださりありがとうございました。
遺品整理と向き合わなきゃいけないけど、
悲しい気持ちを吐き出せなくて苦しかったので、
こうして文章にして気持ちの整理までできてスッキリしてます。
(思い出しながら書いたものなので、何かおかしなところがあるかもしれません...)

あともう少し!
遺品整理頑張るぞー!

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