乳癌の母を看取るまでの話①
2022年7月に母が亡くなりました。
次男の育休を活用して、ようやく遺品整理が終わりそうです。
遺品と向き合うのは苦しいです。
1人では抱えきれない気持ちがあふれてどうしょうもないので、日記と並行して、実母のことも少しずつ書いてみようと思います。
私は姉兄がいる末っ子として生まれました。
姉とはひと回り離れていて、母がどうしてももう1人欲しいと思って産んでくれたそうです。
両親はもちろん、姉と兄にもだいぶ可愛がられた記憶があり、家族が家が大好きでした。
母はとても明るく、行動力があり、芯がある人でした。
仕事ガッツリで、「ありのこの育て親は保育園の保母さんだよ」と言われるほどの保育園入り浸り児にっこり
趣味にも全力で、点字、手話、中国語、人形劇、ボイトレ、太鼓などなど...
体も時間もいくつあっても足りないほど忙しい人でしたが、愛情をたくさんもらってたので、寂しいと思ったことはありません。
本人もハツラツとしていて、人生を楽しんでるという印象でした。
そんな母が乳癌だとわかったのは、私が21〜22歳くらいの時です。
乳癌ステージ3
以前から、しこりなど自覚症状はあったようですが、医者不信なことや、忙しさもあり行けずにいたそう。
気づいた時にはだいぶ進行していました。
当時、母の状況をあまりよく分かっていないながらも、言葉のいかつい響きに漠然とショックを受けて...
でも母には泣いてることを知られたくなくて、1人の時にこっそり泣きました。
ただ...当時飲食店の店長だった私は、目の前の忙しさに追われてか?どこか他人事だった気がします。
なったものはしょうがない、まだ手術ができる段階なんだしと。
ひとり暮らしをしていましたが、すぐに実家に帰れるような距離だったこともあると思います。
何より、こんなにパワフルな母がどうにかなるわけない!と、心のどこかで思っていたのでしょう。
続きます。
『乳癌の母を看取るまでの話②』
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